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2017年6月16日

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「切子とスカイツリー、見上げる空の向こうへ」
江戸切子(東京)vol.1

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初夏の風心地よい季節、THE COVER NIPPONでは、月替わりの企画展「不易流行」にて江戸切子を特集しています。天保5年、江戸大伝馬町のびいどろ屋・加賀屋久兵衛が、金剛砂を用いてガラス表面に彫刻を施したことから始まった江戸切子。繊細なカットが光をまとい、ひんやりとした感触はひとときの涼を運んでくれます。

今回、江戸切子の煌めきが生まれる場所を訪ね、モノづくりに取り組む人々の想いに触れてきました。インタビューの第1回は、葛飾区堀切に構える老舗切子工場「清水硝子」の清水三千代社長と、清水祐一郎さんです。

 

INTERVIEW

株式会社 清水硝子
代表取締役 清水 三千代、取締役 清水 祐一郎

進駐軍がもたらした洋食器の需要

祐一郎さん
戦前は硝子を吹いている工房があり、そこにセットの社内工房のようなかたちで、私どもの清水硝子加工場(現在の清水硝子)もありました。戦後に入ると、進駐軍とともに洋食器化の流れが起こり、ワイングラスなどのカットグラスの生産もとにかく数をこなすことが最優先。マシンメイドもない当時、要請を受けたHOYA(当時の保谷硝子)さんが、硝子の加工を委託するのに町場の職人さんの中で技術のあるところ数社を委託先として、そのうちの一社に当社も選ばれたと聞いています。

三千代社長
当社は私の祖父の時代からはじまりましたが、昭和39年ごろにはHOYAさんの100%下請けとして、住込みの従業員を含め一番多いときで45人の職人を抱えてやっていました。

祐一郎さん
後に、メーカーではドイツ製の工作機械が導入されるようになります。メーカーは、量産品はマシンメイド、安いものはプレスあるいは一部輸入品というようなかたちで製品を整理し始めますが、迎えたバブル崩壊後、日本のガラス食器ブランドはHOYA さんもノリタケ(現在のノリタケカンパニーリミテド)さんもガラス食器から撤退する中、1985年に東京都伝統工芸品として、2002年に経済産業大臣指定伝統的工芸品として認定された江戸切子を、コツコツと職人たちはつくり続けてきたわけです。

三千代社長
HOYA さんが食器をやめられたとき、これからどうやって従業員を食べさせていけばいいのか、頭にあったのはそれだけ。ですから、オリジナルをつくったり他の問屋さんの商品を委託で加工したりして、さまざまな道を模索しました。

祐一郎さん
江戸切子としてこだわりの商品を自ら販売する道もそのひとつでした。ホームページを立ち上げたのが 98年、その前から葛飾区の催事には出ていましたから、かれこれ20年近く模索してきて、徐々に下請けのキャパが少なくなるのを埋めるぐらい、江戸切子の仕事が出始めたんです。

 

転機は東京スカイツリー®の開業

祐一郎さん
今から7年前、株式会社 t.c.k.w の代表取締役でデザインディレクターの立川裕大さんからご相談で、壁面の装飾に江戸切子をパーツとして使いたいというご依頼をうけ試作をして進んだものが、まさか1年後に東京スカイツリー®のエレベーターの壁面とチケットカウンターになるとは思ってなかった。。試作を含めて約 1 年半仕事をご一緒し、それを機に、デザインや建築などとのコラボの依頼を多く頂くようになりました。100%下請けの時代から、今は下請けが半分、切子の自販と生産が 3 割、コラボやデザイン系の仕事が 1 割から 2 割というように変わりつつあります。

三千代社長
一昨年の当社創業 90 年に催した職人との食事会にお招きした長年顧問をして頂いている公認会計士さんに言わせれば、いつ潰れてもおかしくない会社だったし、今こうやって仕事ができているのが、世界七不思議のひとつだと言われるぐらい(笑)。必要最低限の素材しか買えなかったころと比べ、最近ではある程度生地ストックを持てるようになりましたので、本当に少しずつ少しずつ良くなってきていると思います。

祐一郎さん
東京スカイツリー®の開業以後、江戸切子への注目が高まっています。その注目もいつか終わると思っていたら、東京オリンピックが決まり、日本文化をテーマにした新たな商業施設もオープンし、江戸切子とファッションだったり、メディアアートだったり、アニメとのコラボだったり、江戸切子の職人や組合がそれぞれに苦境から脱するために今は自由に羽ばたいています。東京の生地のメーカーさんはソーダガラスで実質 1 社、クリスタルグラスで安定的に供給可能な会社が 2 社しかない。それもまた、江戸切子産地の現状なんです。

 

伝統の世界に新風吹き込む女性職人

祐一郎さん
うちの工房は現在、70代ひとり、60代 3人、30代 4人、20代ひとりです。江戸切子の業界全体で見ても、主力のベテランの職人さんは 60代と 70代で、2020年の東京オリンピックのころには、引退を決める職人も多いでしょう。ただ、悲観することばかりではありません。産地としては各社で新人を採用するなど、新しい風も吹いています。当社には葛飾区が5年前までに行った弟子入り支援で定着した子がそれぞれ 6 年目、7 年目の女性。15 年前の求人でふたり入社したうち、今なお頑張ってくれるのも女性なんです。今回、THE COVER NIPPONさんの江戸切子の特集には、当社の女性職人を代表して中宮と青山が出品しています。ふたりともデザイン系の専門学校を出て、この世界に入るまでは一般企業に勤めていました。テキスタイルの仕事をやっていた青山がデザインするとシンプルでモダンな切子が仕上がります。12年目になる中宮の渾身の作「滝」は、手磨きのみで仕上げた花瓶です。持っていただくと分かるのですが、女の子がこれだけ重いものを持って、よくここまで磨き上げたなと思います。THE COVER NIPPONさんで、ぜひ手にとってみてください。

三千代社長
人は人から物を買いますよね。だから、お客様が気持ちよく買っていただけるような商売の仕方、お客様に喜んでいただける商品づくりを大切にしたいと考えています。手に渡るのが消費者の方でも、デザイナーさんでも、元請けの会社さんでも、つくり手としては望まれるものをつくる。そして、切子を頼むのであれば「清水硝子で」と、もしも考えていただけたらこれ以上の幸せはありません。

祐一郎さん
そうですね。今は、若い職人を育てながら、その子たちにお給料を払って、仕事が続いて、売上が上がって、その売上を還元していくところまで、ようやくたどり着きました。その上で利益を考えるとしたら、それは利益というよりも「考え方」といえるのはないでしょうか。私の父親は私が12歳のときに亡くなりました。もし生きていたら、父親の名前で売っていくという選択肢もあったでしょうけど、当時は、安定して数をこなす仕事、つまり、アートな作品ではなく、プロダクト寄りあるいは下請け寄りの仕事を選ばざるを得ない状況でした。けれど今はあえて、その機軸を持ち続けています。若い子たちはいろいろな仕事を通じて、さまざまな見方ができるようになってきていると思います。職人の難しいところは、同じものをつくるにはある程度自分を殺さなければならないし、展覧会に出品するときには自分を出していかなければならない。また、早くやるには数をこなす必要がありますし、数をこなすことで必ずしもうまくなるわけではありません。ただひとつ言えることは、自分が仕上げたものがお客様の元にいくことの喜びを、皆感じてものづくりに携わってもらえればと考えています。

 

仰ぎ見る下町のシンボルと未来

祐一郎さん
ハの字(天開。口へ向かって開いている形状)のぐい呑みがあるのですが、外国人向けの商品としてわざわざ買いに来られる方がいます。その理由を尋ねたところ、「アメリカにはこんな形状のグラスは存在しない」、持ち帰って「日本ではこんな小さなグラスで酒を飲んでいる」と話すとウケがいいんだそうです(笑)。もちろん、外国の文化や要望に沿って型から起こせれば、ライフスタイルを含めて市場性に合ったものも生み出せるのではないでしょうか。一方で当社では、今ある北斎のシリーズや歌舞伎のシリーズなど、分かりやすく日本の題材を伝えられる商品をもっと外国のお客様に知ってもらおうと、まずは説明書を日英併記にしました。もしかしたらニッポンらしいキャラクターの入った意匠グラスは、この先清水硝子らしさになっていくかもしれませんね。また、企業の記念品をつくるのに、名入れやオリジナルデザインをされたいと、最終的にうちにたどり着くというお客様もいらっしゃいます。記念品を受け取った人は全国に散りますよね。人と人とのつながりの中で商品やブランドが語られ、広がっていきます。これからも、お客様をはじめたくさんの方に教えられ、こちらの情報や経験を伝えながら、清水硝子の未来を模索していきたいと思います。

 

EVENT

2017.05.20(土) – 07.14(金) 不易流行「まばゆい煌めきを…」
出展者プロフィール(清水硝子)

20170616_nakamiya 中宮 涼子
昭和53年 品川区生まれ
平成11年 東京工科専門学校インテリア科卒業
平成16年3月 (株)清水硝子入社
平成26年3月 第26回江戸切子新作展 東京都産業労働局長賞
平成27年 第6回現代ガラス展in山陽小野田 入賞
平成28年3月 第28回江戸切子新作展 江東区長賞


20170616_aoyama 青山 弥生
昭和58年 栃木県生まれ
平成15年 東京造形大学造形学部デザイン科卒業
平成20年7月 葛飾区伝統工芸職人弟子入り支援事業 一期生として(株)清水硝子入社
平成27年 全国伝統的工芸品公募展 特別賞


さんちのおと

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