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> > 九谷焼 北野啓太さん(青郊)

2009年12月29日


オンラインマガジン-日本各地の職人を訪ね、Made in Japanのものづくりの現場をご紹介しています。
九谷焼の窯元に生まれながらも、学生時代は地元を離れてており、自分自身がまだ何も知らない素人だったと言う北野啓太さん。真っ白な状態で九谷焼に向き合った時、九谷焼の色の美しさに魅せられた。

豪放華麗といわれる九谷焼の伝統的な絵模様をぎゅっと小宇宙に納めた豆皿。

食卓に華を咲かせるこの色鮮やかさが失われてしまう危機が近年訪れていた。2009年8月、食品衛生法の改訂により、古くから使われてきた酸化鉛を含む絵具が飲食器に使用することが難しくなった。九谷焼の命ともいえる鮮やかな色彩を守り伝えていくため数十年に渡り独自に和絵具の研究・開発を続けてきた株式会社青郊の北野啓太さんにお話を伺った。

石川県能美市は、日本海と山の間に挟まれた県の南部に位置する町で九谷焼の里として知られている。その町で創業80年の窯元 青郊窯がつくる九谷焼から、伝統的なデザイン、九谷五彩(赤・黄・緑・紫・紺青)の色鮮やかさを愛らしいサイズに納めた豆皿が誕生した。しかも1皿1,050円というこちらも可愛らしい価格。なぜ高クオリティーでこの価格が実現できたのだろうか。

手のひらに広がる九谷焼の小宇宙

北野さん「私たち青郊窯のはじまりは、大正初期に祖父が九谷焼の仕事をはじめたことでした。当時、九谷和絵具(※化学的に精製された洋絵具と違い、和絵具はガラス質を形成する調合材料や色素に古九谷時代から継承されてきた生の珪石や金属酸化物を使用)は一部の作家が使っているだけで、一般にはあまり普及していませんでした。そこで祖父が独自に和絵具の研究をはじめて、一般に和絵具を普及した礎を築いたようです。」

窯元の家に生まれた啓太さん。学生の頃は焼物と無縁の生活を送っていたという。

北野さん「私は学生時代、地元を離れて埼玉に4年間住み、次の1年間はアメリカに行っていました。その頃、旅行で海外の洋食器メーカーを訪ね歩いたりもしていましたが、自分自身がまだ何も知らない素人だったので、そのときに何かを感じたというよりも帰国してから改めて九谷焼を見た時に、率直に言うと『九谷焼ってどこが魅力的なんだろう?』という、まるっきり初歩的な疑問が浮かびました。」

それまでは焼物について特に勉強していなかったという啓太さん。真っ白な状態で九谷焼について考えられたことで、かえって新鮮な発見をすることができたのかもしれない。

北野さん「その時に改めて私が思った九谷焼の魅力は、まず色が美しいということ。それは九谷独特の盛り絵具の艶などの素材感も含めた美しさです。例えば他の産地の焼物と並べてみたとしてもすぐに九谷焼が見分けられるほどの特徴で、この特徴が九谷焼の大きな魅力であり、それを世間にアピールすることが必要だと感じました。」

同じ黄色でも実にたくさんの色味がある。

九谷和絵具の開発

青郊では独自の九谷和絵具の開発を長きに渡り研究開発している。そもそも独自開発に至った理由はなんだったのだろうか。

北野さん「これは食品衛生法の改訂が理由です。食器の鉛溶出基準が厳しくなり、飲食器には有鉛絵具が使えなくなることになり無鉛絵具を開発することになりました。そのころは家族だけで細々と経営していた窯なので、父はひとりで試作しては失敗し、また試作をし・・・のくり返しだったそうです。こういった技術によって、日常使われる食器にも和絵具を使用することができるようになったんです。」

絵具の調合は日々研究の毎日。

代々、九谷焼の進展のために改善をくり返してきた青郊の挑戦。そして啓太さんも挑戦を続けるひとりだ。

北野さん「私も九谷焼の習得期間を経て、ここ数年でやっと色々なことに目を向けることができるようになりました。そして近年では和絵具の印刷化について取り組んでいます。なぜ印刷化を進めているかというと、私たちの目標は『九谷焼を日常食器として使って頂くこと』なんです。そのため私たちはまず、目標の価格を決めることからスタートしました。今までは「こういう工程で、こういう原料で、制作にこのくらいの期間がかかるから」という積み上げで価格が決まっていましたが、そうではなく始めに目標価格を設定して、それを実現するためにどうすればいいか、ということを考えたんです。」

物の値段を決める方法にはいくつかあるが、目標価格を設定してからすべての工程を見直していくというやり方は伝統産業のなかではまだあまり馴染みがない。その方法を実現するために青郊が挑戦したのは九谷焼の印刷化だった。九谷焼の印刷化というと、大量生産でクオリティーはあまり高くないのでは・・・というマイナスなイメージも浮かんでしまう。しかしそこはさすが伝統産業のプロ。

北野さん「確かに絵付けの印刷化と聞くと、クオリティー面で疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。しかし私たちは、印刷による仕上げと手仕事による仕上げの区別が判別出来ない位のクオリティーを持っています。実は印刷とはいえ、絵付けのシートを曲面である陶磁器に貼っていく作業には熟練の技が必要なんです。うちには現在20人程の職人がいますが、20年ほどの経験を持つ熟練の職人が丁寧に作業をしているからこそ、手仕事による質感を損なわずに忠実に表現できるんです」

九谷焼の絵模様を忠実に再現。

試し刷りを何度も行ない仕上げていく。

熟練の職人が行なう貼付け作業。

「効率的でありながら高クオリティー」な九谷焼を生み出す株式会社青郊。

逆転の発想で九谷焼の新たな開発に取り組む。そしてそこには伝統工芸だからこその壁も数多く立ちはだかる。それでも先へ進み、繋げていくことの原動力は一体なんだろうか?

北野さん「現社長である父がむかし京都で見た九谷焼のことなんですが、出来があまりよくない九谷焼に高値がついていたことに愕然としたそうです。その印象が強く、なんとか高品質でお求めやすい価格の九谷焼を作りたいという思いから印刷技術の研究がはじまりました。ですから私たちのポリシーは、安物を作るのではなく、和絵具の盛りや艶といった魅力を損なわずに、いかに手に取りやすい価格のものを作るということなんです。」

日常使いできる九谷焼

九谷焼を鑑賞用としてではなく、生活のなかで使ってもらえるものにしたい。その純粋な思いから生まれたのが「豆皿コレクション」だ。

北野さん「この豆皿コレクションは、九谷焼の伝統的な絵柄を忠実に再現して、ミニチュア化した商品です。この絵柄の皿はもともと30cm以上もあるような大皿でしたが、その大きさでは現代の食卓には使いづらいので、思い切って小さくすることで使いやすいものになったと思います。」

創業当時から現在まで、青郊の歴史はチャレンジング・スピリットで貫かれている。それでもいまだに毎日が改善の日々だと啓太さんは語る。

北野さん「私たちが大切にしている3つのことがあります。それは「(1)実用食器であり、絵具の付着率が高いこと(貫入しにくい)」「(2)耐酸性の能力がある」「(3)色の美しさを保っている」ということです。これはいまだに研究を続けていて、貫入によるロスも少なくしたいし、もっと色についても追求したい。この追求はこれから先もずっと続いていくと思います。」

株式会社青郊
伝統工芸九谷焼の製造並びに販売を行なう。また近年では九谷焼の加飾によるインテリア、工業製品等の企画、販売も手がける。

北野啓太さん。九谷焼の色に魅せられ、その深みと鮮やかさを追求している。

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