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> > ほんの少しの贅沢 久留米絣(福岡)

2018年4月23日

季節のモノがたり

爽やかな風心地よい季節になりました。そんな夏の日差しに映える久留米絣の日傘をご紹介します。

絣(かすり)は、織物の技法のひとつで、織る前に糸を縛り部分的に先染めして柄をつくるという複雑な技法で柄をつくり出し、糸の染め方や織り方により、さまざまな模様を作ることができます。文様の輪郭部分がかすれて見えるために「絣」という名が付いたと言われています。
絣は、古代インドから東南アジアを経て1400年頃に琉球へと技術が渡来してきました。さらに鹿児島から千石船で日本へ広まったため、全国の絣の産地は港の近くにあります。当時の久留米は江戸時代の筑後国久留米藩下で久留米絣が誕生する以前は、全国的には主要産地とまでは言えないものの、棉花の栽培が行なわれ、藍にいたっては大坂に出荷するほどの作付がなされていたものの、織物の生産としては、当時一般的だった各家庭での自給自足的な生産・消費でした。

日本でつくられている代表的な絣は、広島県の「備後絣」、愛媛県の「伊予絣」、そして福岡県の「久留米絣」です。
久留米絣は、江戸時代後期、偶然の発見から始まったといわれています。井上伝という当時12歳のある日、着古した藍染めに白い斑紋を見つけ、後の久留米絣の元となる技法をひらめいたと伝えられています。その後も試行錯誤しながらも工夫を重ね、庶民生活での着物は紺無地か縞物しかない中、玉柄・十字柄・井桁柄は新鮮な着物として注目を浴び、「久留米絣」が日本中を席巻するには、そう時間は掛からなかったそうです。普及活動を続け、15歳の頃に20数人の弟子を抱えるほどになり、女性の社会進出にも寄与したと言われています。

そして、明治の西南戦争で全国から集まった兵士が国元へ帰る際に、お土産として久留米絣を持ち帰ったことで、全国にその名が知られるようになり、大戦中は、女性は着物を着ることを禁止されていたため、絣の着物をもんぺとして仕立て直し、贅沢の出来ない中、女性はほんの少しのおしゃれを楽しんでいました。

上質で優しい風合い、目に涼やかな日傘は、傘をさす所作まで優雅に見せてくれる久留米絣の日傘。こうして、時代の中を生き抜いてきた女性達に想いを馳せながら、貴女のお気に入りの一本を手にしてみませんか。

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